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パリが戦場になった夜

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パリから平和な日常が消えた。いや、もしかすると「平和な日常」など 勝手な幻想だったのかもしれない。ひとつだけ、はっきりしているのは一夜で周りの世界が変わってしまったということだ。
金曜日の夜のパリ同時多発テロ。
サッカー場をはじめ、有名なバタクラン劇場や、庶民の憩うサン・マルタン運河周辺の店のテラスや通りでおびただしい数の人々が犠牲になった。
私もショックのあまり、先週末からまるで時が止まってしまったかのような日々を送っている。
あの日、テロが起きた通りにいたのは自分だったかもしれないし、友人だったかもしれない。そんな思いが、自分を無力感で一杯にする。
「私も、友人も無事だった」というただそれだけのことが、とてつもない安堵感と、新たな不安とのパラドックスで板ばさみにしてくる。

思えばあの日の午後は、友人とオペラ座近くのグラン・ブールヴァールでお茶を飲んでいた。 でも私ははじめ、サン・マルタン運河の近くのサロン・ド・テに行こうと提案した。すると友人が、自分の家からはちょっと遠いからと言ったので行かなかったのであるが、そのサロン・ド・テは、あの凄惨なテロがあったカンボジアレストランと同じ通りにあった。
私たちがその日、サン・マルタン運河の地区を選ばずにグラン・ブールヴァールにしたのも、約束を夜ではなく昼にしたのも、すべて偶然だ。

私たちが当たり前のように「日常」と呼ぶものは、もしかしたら積み重なるありがたい偶然によって成り立っているだけなのかもしれない。

ベイルートのテロ、ロシアの航空機のテロ、すべてのテロの前に私たちは無力かもしれない。でも国境を越えて、宗教を超えて人々が志をひとつにするチャンスでもある。 この数日、パリの人々が日頃の無関心さから抜け出して、優しく声をかけ合うようになったと感じるのはどうやら私だけではないようだ。



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by kuro_music | 2015-11-19 04:42
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