カテゴリ:パリ・ショートストーリー( 1 )

雨の日、サンドの館で

「太陽の下で」と約束したはずの、友人のイレーヌとの再会はあいにくの雨模様となってしまった。 私たちはモンマルトルの近くにあるミュゼ・ド・ラ・ヴィ・ロマンテイツク(ロマン派博物館)で待ち合わせをした。この博物館はショパンの恋人として、又 作家として名高いジョルジュ・サンドが暮らした館を当時のままの姿で保存しており、彼女の遺品はもちろん、当時の生活を偲ばせるたくさんの美術品で知られている。私はメトロ:ピガールの出口を出た後通らなければならない、いかがわしい感じのする通りを歩きながら、果たしてこの近くにサンドが暮らしたロマンテイツクな館などがあるのかと いぶかしく思っていると、突然 角を曲がったあたりから不思議なほどの静けさに包まれた。 よくみると、通りのずっと先のほうに葉が生い茂った場所があり イレーヌが立っていた。博物館の入り口は小石の敷かれた小道になっていて、木々に囲まれて薄暗い。 私たちが土から立ち上る雨の匂いを吸い込みながら2,3歩進むとすぐに視界が開けて優雅な19世紀の館が姿を現した。入り口の扉はとても繊細な印象を与える小ささで、華奢な真鍮の取っ手を回して扉を開くとそこにはショパンの生きた時代がそのまま、息をひそめていた。ガラス・ケースの中はサンドの遺品で一杯だ。彼女の身に着けていた装身具や思い出の品々はいまだに彼女の指のぬくもりを伝えている。 一番印象的だったのは、並べて展示されたサンドとショパンの肘から手にかけての石膏だった。サンドのは、ちいさくて幼女の腕のようだ。まるで砂糖菓子のような...! ショパンの手は全体にとても細くて繊細な手で、今にもピアノを弾きだしそうな形をしている。一方、赤い色で統一されたサロンは所狭しとさまざまな肖像画で埋め尽くされている。中央には花を髪に飾ったサンドが誇らしげに微笑む、一番有名な彼女の肖像がかけられていた。そこに立って耳を澄ませば、19世紀のサロンのざわめきが聞こえてくるようだ。 館の内部は以外に狭く、小さな部屋ばかりである。 サンドの装身具や果物ナイフなどを見てふと思ったのだが、当時の人々は今日のヨーロッパ人達ほどは大きくなかったのではないだろうか?イレーヌも同じことを感じたようだ。それらはとても小さく感じられる。  私とイレーヌは博物館を出た後、クレープ屋に入っておしゃべりをした。ルピック通りをさらに上ったところにある目立たないクレープ屋だけれど、私はここでずっと食べたかった大好物のクレープ・シュゼット(日本では有名であるが、本場フランスでは以外にもなかなか見当たらない)を見つけ、大喜びだった! ほろ苦いオレンジの砂糖漬けの入ったクレープが炎に包まれて登場した。それはグラン・マニエとオレンジの生き生きとした風味が合わさって感動的な味がした。イレーヌの注文したカフェ・オ・レは不思議なことにベルギーのミルク・コーヒーのように小さめのカップで出された。私たちの会話はいつもイタリア語である。なぜなら、私は何年かの間イタリアに住んでいたしイレーヌもそうだった。しかも彼女のボーイフレンドもローマ出身のイタリア人なので彼女はオーストリア人でありながら流暢なローマ弁を話す。私たちが,
ベルルスコーニに私たちの友達の誰も投票したことがないのに、いつも彼が当選するのはマフィアとつながっているからだなどと話していると イレーヌのイタリア人らしからぬ外見と熱のこもったローマ弁に興味をそそられたのか、隣のテーブルの人々が私たちに注目し始めたのが可笑しかった。しかも、彼女の話相手は日本人なのだから!  その日私たちは店を出た後も歩きながら話が止まらず、気がつくとオペラ座の前まで来ていた。私たちは、次は映画を見に行く約束をして別れた。
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by kuro_music | 2014-10-23 08:27 | パリ・ショートストーリー